多摩の史跡巡り「新撰組のふるさとを歩く」

200381

全国歴史教育協議会の多摩の史跡巡りに参加した。講師は小島資料館館長の小島政孝先生。

先生は小島鹿之助の子孫である。小島鹿之助は小野路の寄場名主で、小島家は屋敷内に道場を持ち、天然理心流の師範をたびたび招いたので、日野の佐藤家とともに、多摩における天然理心流の拠点となっていた。佐藤彦五郎と小島鹿之助は近藤勇と義兄弟の杯を交わした仲である。

三鷹市の龍源寺

龍源寺の入口に近藤勇の胸像がある。これと同じものが、あと3カ所にあるそうだ。

境内裏の墓地には近藤家の墓がある。近藤勇・近藤勇五郎・近藤新吉の墓が並んでいる。また宮川家の墓もある。

龍源寺、近藤勇像 近藤勇辞世 小島政孝先生
龍源寺 一段高いのが近藤勇の墓

調布市野水、近藤勇生家跡(宮川家)

宮川家は現在、井戸と祠だけが残っている。まるで両国の吉良邸跡のようだ。

屋敷は調布飛行場が建設され、飛行機の発着の障害になるので取り壊したらしい。

また養豚業に失敗し多くの借財を抱え土地を売ってしまったらしい。

調布市野水、近藤勇五郎道場「撥雲館」跡(近藤家)

近藤勇の長兄宮川音五郎の子で、近藤勇の養子となり天然理心流当主を継いだのが、近藤勇五郎である。彼は明治9年、父から納谷を
与えられ、ここに道場を開いた。しかし子の新吉が早逝したため天然理心流は断絶したらしい。ここには近藤家の子孫が住んでいるらしい、が内部は非公開である。

日野市、石田寺

大きな欅の木があり、土方歳三の記念碑がある。

ちょっと奥に土方歳三の墓がある。これは平成12年に立て直したもので、非常に新しい、古い墓石は片付けてしまったらしい。

石田寺土方歳三の墓

日野市、土方歳三生家(土方歳三資料館)

土方家の屋敷は立て直したが、現在も残っていて、子孫が住んでいる。

土方陽子氏が資料館館長となっている。公開は月1度だけだったが、今月から月2

第1・第3日曜日になった。公開されているのは六畳ぐらいの仏間だけである。かなり狭い。

土方歳三資料館 土方歳三像 石田散薬の行商つづら(それほど大きくない)
写真は土方歳三資料館のホームページより借用
石田散薬の原料の牛革草 矢竹

日野市、高幡不動尊

境内に土方歳三の銅像がありそのとなりに、殉節両雄の碑がある。

殉節両雄の碑は以前、境内の裏のあまり目立たないところにあったが、こちらに移したようだ。あちこちに来年度の大河ドラマのポスターが貼ってあった。

不動堂では護摩をたいて「のうまくさんまんだー」をやっていた。

奥殿と本堂を公開していた。

奥殿にはたくさんの資料と不動明王像が安置されていた。

本堂には鳴龍の天井絵があった。

お土産屋は二軒ある。

昼食は開運そばを食べた。美味しかったが、うどんであった。

高幡不動の土方歳三像 殉節両雄之碑
土産屋 不動堂

小島資料館(小島家)

小野路は鎌倉街道の宿場として、鎌倉時代から栄えてきた町である。
江戸時代は大山詣のため栄えた。

この路の入口から数件目が小島家である。この路のもっと奥、中央あたりに橋本家、橋本分家(土方家の親戚)があったらしいが、破産して今はもうないらしい。

小島家は大きな屋敷で庭も広い、ものすごく大きな犬がいる。庭には、上野から持ってきた灯籠・小島鹿之助胸像・近藤勇胸像がある。屋敷はそのほとんどを小島資料館として公開している。ほぼ当時のままで、関八州取締出役の泊まったという上段の間もある。資料展示室は一階に物品類、二階には文書類が展示されている。その膨大な量に驚くばかりであった。小島政孝先生の詳しい説明でいろいろなことがわかった。

テレビドラマで小島鹿之助が出てきたのをみたことがないが、来年の大河ドラマには出場するそうである。

小島鹿之助像 上野から持ってきた灯籠、上野戦争の弾痕あり
小島資料館(小島家) 小島家表門
小島資料館近藤勇像 小島家裏門 近藤勇の稽古着
写真は小島資料館のHPより借用

 

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